トーヴェ・ヤンソン <ムーミンとその作者>
丸いからだに房のついたしっぽ。それは誰もが知っている好奇心旺盛で人当たりのよい妖精の男の子、ムーミン。作者であるトーヴェ・ヤンソン(フィンランド、1914-2001)の人生はムーミン谷で繰り広げられるストーリーそのものでした。
彫刻家の父と、画家の母の元に生まれたトーヴェは迷うことなく芸術の道へと進み、アーティストを志します。芸術一家ではありふれた光景なのでしょうか、「喋るまえから描いていた」という彼女の才能はめきめきと頭角を現し、早くから画家、絵本作家として活躍します。代表作はもちろん「ムーミン」。ムーミン作家として知られる彼女は小説家、漫画家、イラストレーター、作詞家、舞台美術作家、詩人とさまざまな顔があり、天才的な才能とユーモアあふれる独自の世界観で人々を楽しませました。それは彼女がこの世を去った今も消えることはありません。
生涯独身だったトーヴェでしたが、彼女の周りにはいつも家族や友達がいました。恋人や友達の何人かはキャラクターのモデルになっています。ムーミン谷の仲間たちはトーヴェの親友でもあり、またその物語の源は彼女の人生経験にあったようです。
第二次世界大戦が終わった1945年に出版されたムーミンシリーズの第一作目「小さなトロールと大きな洪水」。このお話は、出版される10年前、1935年ごろから描き始められていました。戦争の悪夢から逃れるため、精神安定剤やアルコールに頼る人々が多い中、トーヴェにとってはムーミンの執筆活動が心の癒しになっていたのです。戦後間もない混乱のさなか、記念すべき第一作目は粗末な装丁でひっそりと出版されたそうです。
その後も出版を継続したムーミンシリーズはたちまち人々の心を掴み、ベストセラーとなります。そんな中でふと舞い降りた週6日の連載漫画のオファー。まじめな性格だったトーヴァは仕事を快く受け、締め切りにも一日遅れることなく連載をやりきったものの、彼女の心はぐったりと疲れてしまいます。毎日仕事に追われるあまり、描くことが楽しくなくなってしまった彼女は、友人のトゥーリッキのアドバイスで新しい物語を描き始めます。それが国際アンデルセン賞作家賞受賞作品「ムーミン谷の冬」。9作あるムーミンシリーズのなかで唯一冬の物語になっているこの作品は、暗く冷たい冬の中で困難に立ち向かうムーミンの姿が描かれています。難しい問題を乗り越えることで、より生き生きとした存在になるキャラクターはどこかトーヴェと重なります。
トーヴェの描く物語には、海と山が欠かせません。それはもちろん自然が大好きだったから。ヤンソン一家は毎年夏になると、祖父母が住んでいるブリデー島(スウェーデン)を訪れ、恵まれた自然の中で魚釣りやボート漕ぎ、天気の予想などを楽しみました。そんな幸せな夏休みの記憶はムーミン谷、そのものでもあります。
そして、ムーミンシリーズの最終回「ムーミン谷の十一月」。この物語には2つの意味があります。1つは、ムーミンシリーズが終止符をうち、読者と別れを告げるという意味。2つ目はトーヴェの母、シグナが死を迎えるということ。この話にはトフトという男の子が登場します。トフトはトーヴェの分身でもあり、物語内でつぶやかれる「ママに会いたい」というセリフは、彼女の声のように思えます。
どんな時でも明るく人生を楽しもうとしたトーヴェ・ヤンソン。書籍「ムーミン画集 ふたつの家族」は作者の人生と物語の背景を、144点の絵と彼女の家族写真と共に読み解きます。