森岡希世子 白磁 <九谷透光磁土、ロクロ成形、焼きしめ(無釉薬)>
シンとした冬の夜。見上げると空に月が浮かんでいる。
森岡希世子さんの白磁はそんな情景を思わせます。手のひらに収まる小さな器は触れるとサラサラしながらしっとりと肌になじみます。光にかざしてみると白く淡く透き通り、まるで月のようです。
森岡さんは1974年石川県金沢市に生まれました。94年にデンマーク王国Holbek美術国民学校へ留学、99年に石川県立九谷焼技術研修所を卒業した後、石川県立九谷焼技術者自立支援工房、金沢美術工芸大学非常勤講師を経て、2012年には「伝統工芸士」九谷焼成形部門の認定を受けました。現在も伝統を受け継ぎながら現代の新しい感性による器を生み出しています。
森岡さんの故郷石川県で生まれた九谷焼は、江戸時代初期17世紀に前田藩の藩窯として発足し、300年の歴史を持っています。中でもその初期40年間に制作されものを古九谷といい、黄、紫、紺、赤、緑の五色に、染付、縁(ふち)錆(さび)を加えた七彩の焼物は「献上手古九谷」と称され珍重されました。森岡さんは主に白磁を手掛けていますが、古九谷に多くみられる縁錆を援用した細い柿色の線をアクセントにしています。
九谷焼は色柄磁器として知られていますが、藩窯が構えられる前は白磁も作られていました。白磁は正確には、白い釉薬をかけた器ではなく、白い土(磁器土)で作られた器をいいます。その始まりは今からおよそ1500年前の6世紀、中国の北斉(ほくせい)時代とされています。当時はまだ絵付けの技法が確立されていなかった*ので白磁には絵柄がなく、真っ白な陶胎そのものの美しさが重要視されました。白土に透明釉をかける場合が多いのですが、森岡さんは釉薬を用いていません。それは、より素材本来の質感を活かそうとしているからでしょう。
森岡さんは九谷で開発された透光性磁器土をロクロで薄く成形し、高温焼成する事で磁土の透光性を引き出します。さらに焼しめ、研磨して滑らかな質感に仕上げています。森岡さんの器が光を通して淡く輝いて見えるのはこのためです。この清楚な肌が森岡さんの白磁の魅力であり、豊かな詩情を生み出しているのです。
現代の器と静かに向き合うと、その器のどこかに受け継がれてきた長い歴史の跡を見い出すことができます。手のひらの上で迎えるその小さな出会いは、私たちが広く長い歴史につながっている事を教えてくれます。そして、それ故に、現代の陶工たちの息吹が鮮やかに伝わってくるのです。どうぞ、実際に手に取って、森岡さんの器の伝統に裏打ちされた確かさと、月の光のようなやわらかい詩情を感じてください。
* 染付(絵柄の描かれた器)が登場するのは14世紀になってからで、それ以前は模様を彫り付けたり、形を工夫したりして器に表情をつけていました。
学芸員 由井はる奈