#2 展示室2 模索のとき

展示室2 模索のとき(1970年代~1980年代前半)

1971年に東京藝術大学大学院を修了した花田は、1974年に故郷の札幌へ戻ります。在学中から図形的な絵画を試みていた花田は帰郷後、明るい色面を分割する絵画を手掛けるようになりました。そこには当時、花田が興味を持っていた戦後のアメリカの作家、バーネット・ニューマン(1905-1970年)などの影響が見てとれます。

《エプロン》(1975年)は縦193.9cm、横81.0cmの縦長の画面を4つに色面分割した作品です。花田はこの作品について、平面的な形と色をシャープな輪郭で構成する「ハードエッジ」による「明快な色彩表現と物質感を主題とした“場の絵画”」と述べています。これは、「絵画という平面の中で、色面が物体として「場」となる様を追求した絵画」と言い換えることができるでしょう。ユニークなのは、こうした論理的追求をしているにも関わらず、タイトルに身近な日用品の名前をつけている点です。このシリーズでは他にも《ソックスⅠ》(1974年)や《ベレーⅠ》(1974年)などがあります。

1980年頃になると花田はそれまでとは全く異なる「森へ」シリーズを展開します。《森へ №1》(1982年)では暗い色の油絵の具を画面全体に塗り重ねており、筆跡がうごめくように波打っています。まるで、それまでの規則的な描き方を払拭するかのようです。一見真っ黒にみえる画面には塗り重ねられた過程で生まれる微妙な色合いがたち現れ、油彩画独特の光沢とあいまって静かな迫力をたたえています。

「森へ」シリーズを経て、花田はやがて叙情的な「月夜」シリーズを描きます。《月夜》(1983-84年)は札幌市内にある北海道大学のポプラ並木からイメージした花田の心象風景です。画面右にそびえる白い楕円は花田自身でしょうか。月明かりに照らされて伸びる青い影が観るものを淋しくもどこか暖かい情感に誘います。「月」は花田が好んだモチーフでこの後もしばしば作品に登場します。

1970年代に直線で画面を構成する挑戦をしていた花田にとって、こうした曲線や自然描写を取り入れる表現は大きな変化でした。この後、花田は北海道の自然や自身の日常をテーマに具象と抽象が融合した独自の絵画表現を生み出していくのです。

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360°カメラによる展示会場風景

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【作品画像】(上から)
《エプロン》 1975(昭和50) 油彩・キャンバス 193.9×81.0cm
《森へ №1》 1982(昭和57) 油彩・キャンバス 130.3×193.9cm
《月夜》 1983~84(昭和58~59) 油彩・キャンバス 90.9×60.6cm