《ハブ(The Hub・中枢)》シリーズ
王一(ワン・イー)の活動初期の最も重要なシリーズです。
ルネサンス期の古典的な壁画やグレージング(透明層の重ね塗り)技法にヒントを得た作家は、まずキャンバスをなめらかに整えます。そこに定規や鉛筆を使い、三角形や菱形といった基本的な図形を、まるで無限に続くかのように細かく描き込んでいきます。さらに、特別に作った半透明の絵の具を、柔らかい刷毛で何百回も重ね塗りします。こうして生まれた繊細な色のグラデーションは、見る人にどこか不思議な奥行きを感じさせます。かつては完璧な左右対称だった画面は、次第にランダムで動きのある構成へと変化してきました。この「規則正しい秩序から、揺らぎのある状態への変化」は、私たちが暮らす現代社会の仕組みと、抽象アートとの関わりを表現しています。

《夜読抄(やどくしょう)》と《影(Shadow)》シリーズ
タイトルは、日本に滞在した中国の文筆家・周作人の随筆集から名付けられました。この作品は、王一が近年取り組む「影」シリーズの核心を体現しています。
作家はここで、アジア独自の画面構成や色彩の探求に力を入れています。過去5年間このシリーズでは、様々な岩絵の具を使って独特の質感を生み出してきました。深紅、土のような緑、深い紫といった大きな色面が、身体の大きな動きによって混ざり合い、まるで薄暗いろうそくの光に揺れる影のような、言葉では表せないエモーショナルな雰囲気を醸し出します。
また、東アジアの伝統建築(低い軒や引き戸など)のイメージを取り入れ、まるで格子の隙間から覗き込むような空間を作り出しています。光や理性を重視してきた西洋の絵画伝統とは対照的に、作家は谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』のような、暗闇や隠すことに美を見出す「東アジア特有の感性」を大切にしています。

《アゾット(Azoth)》と光の作品
この作品に使われている樹脂は、もともと作家の絵の具から出た「廃材(残りカス)」でした。捨てるためにバケツに集められていたものですが、作家はその塊に新しい生命を感じました。これらを機械でカットし、手作業で丁寧に磨き上げることで、時間と光の記憶を閉じ込めた「琥珀」のような美しい立体へと生まれ変わらせたのです。
王一は、アジアの歴史の中で使われてきた本物の照明器具をインスタレーションの素材として取り入れています。今回展示されている手作りのガラス製ネオン作品は、1920〜30年代、商業や大衆文化で栄えた上海の街並みを連想させます。中国の伝統的な蝶の模様は、上海アール・デコ様式へのオマージュです。
一方で、床に並べられた80個の赤い電球は、20世紀の大量生産やイデオロギーといった激動の近代化の歴史を表しています。古い電球が規則正しく並んだ空間は、静かでありながらも、緊張感や潜在的な危険性を孕んだ強いエネルギーを放っています。
