展示室5 日常のなかで (1990年代)
花田にとって日常は重要なモチーフでした。1990年代になると花田は生命感ある色面と日常風景を結びつけた作品を数多く描くようになります。
《パリルメグ》(1978年)は当時飼っていた黒猫「パリ」を抱く妻の姿を描いています。《チーコ》(1991年)、《アキコ》(1997年)はそれぞれ花田の娘たちを描いた作品で、花田の家族への暖かいまなざしが感じられます。
《開かれた窓B》(1993年)は鮮やかな色面が視覚的リズムを奏でる秀作です。画面は上下を水平に2等分、左右を垂直に8等分、合計16等分したマス目を基準に、例えば、上段では右から2マス分を赤、次の2マス分を灰色、3マス分を青、残りの1マス分を白に塗り分けています。花田はこの水平垂直の規則で日常の中にみつけた「窓」のイメージを表現しようとしました。雨の日、晴れの日、向かいの家の屋根。さまざまな連想をよぶこの作品もまた、ここから何を見いだすかは鑑賞者の自由に委ねられています。技法的にはこの作品では灰色にあえて色ムラを残しており、80年代(展示室4)にみられるような単一的な色面に変化を加えています。
1990年代の後半には花田は「海と岩」シリーズを手掛けました。その中のひとつ《海と岩》(1999年)は海と思われる藍色の中に岩と思われる多角形が二つ並んでいます。無機質なはずの多角形は生き生きとしてまるでおしゃべりをしているかのようです。このシリーズには花田による詳細なスケッチが残されていて、そこには写実からシンプルな形へと抽象化していく過程が描かれています。スケッチから画面上にモチーフを再構成する描き方は絵画の基本に立ち返るものです。大学在学中に洋画家・小磯良平(1903-1988年)*に油彩画を学んだ花田は、結果的には小磯とは表現の方向が異なりましたが、生涯、「油彩画」の技法と伝統に誇りをもっていたように思われます。花田はこの頃、基本に立ち返り自分の絵画を見つめ直していたのかもしれません。
*小磯良平(1903-1988年) 日本を代表する洋画家のひとり。写実的で気品ある女性像を多く手掛け、西洋絵画の伝統の中にモダンな感覚を取り入れた作風で知られる。
【作品画像】(上から)
《パリルメグ》 1978(昭和53) コンテ・紙 31.5×23.0cm
《チーコ》 1991(平成3) コンテ・キャンバス 22.7×15.8cm 個人蔵
《アキコ》 1997(平成9) 油彩・キャンバス 45.5×38.0cm
《開かれた窓B》 1993(平成5) 油彩・キャンバス 72.7×90.9cm
《海と岩》 1999(平成11) 木炭・油彩・キャンバス 80.2×162.1cm