アーティスト紹介 #5-2高松次郎

高松次郎(1936-1998)

1963年にハイレッド・センターを結成した高松は未完成性にこそ可能性および未来があると考え、完成する事のない永遠の「不在」を思考する過程を作品として提示した。1970年代前後のこうした試みは高松にとって、煩雑な現実世界において充満する倦怠を打破するための、自己純粋化への志向そのものだった。

1936年東京に生まれ、東京藝術大学を卒業した1958年、読売アンデパンダン展に初出品。1961年から『点』、翌年より『紐』のシリーズを発表。「点とは部分のないもの」というユークリッド幾何学の定義を踏まえ、「点」を「それ以上分割することができない求心的な一つの単位」と定義。物理学の素粒子や遠近法の消失点にも例えられる、既存の価値を成立させる不在の「点」をえぐりだした。さらにこの0次元の「点」を1次元に対応させた軌跡を「紐」とし、不均等な日常性の時空間の実態を調査、顕在化する触媒として機能させた。

これら「不在」によるシリーズを経て着手したのが、のちに作家を代弁することになる、1964年の『影』シリーズである。自らの「不在」の理論とともに拠り所としたのが、サルトルの「想像意識」である。そこでは、対象は非実在と不在として分類される。つまり、想像において意識は目の前の事象から離れて非現実を志向するのであり、絵画において鑑賞者が不在から存在を強く認識するという『影』シリーズの裏づけが出来あがる。現実は人工的に作られた影により消却される。模索されるのは鑑賞者の意識の純化である。

その後、高松は1980年頃から鮮やかな色彩を帯びた生き物のような形象が画中を行き交う『形』シリーズを手がけ始める。この頃、高松は色彩に興味を持つようになったと語っており、彼にとって色彩は触覚的で身体的なものであったという。人間存在の中核にあるのは無であると考えていた彼がなぜそのような有機的なシリーズを試みたのか。おそらくそれはなぜ私達に知性や生という形ないものとともに肉体が備わっているのかという根源的な問いに通じているように思われる。

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