猪熊克芳 (1951-)
1951年福島県に生まれる。1969年福島県立安積高等学校を卒業後、上京し幾つかの美術学校で研鑽を積む。1996年青木繁大賞展大賞受賞をきっかけに画業に専念する。1970~80年代は具象画も描いていたが、1990年代からは青を基調とした抽象画に没頭、現在も継続している《In Blue》シリーズを93年より発表する。このシリーズは、穏やかで柔らかいブルーの画面が分割で描かれ、その中にいくつかの矩形がちりばめられることにより独創的な造形をみせている。近年の作品は、カラフルな色合いやドリッピングが織り交られた初期作品の装飾性は鳴りを潜め、静寂感をまとった白や黒などを基調とした奥行きのある空間創出を実現している。猪熊のウルトラマリン・ブルーは別名「イノクマ・ブルー」と呼ばれ、深遠なブルーの背後に潜むピンク色の下地、メディウムの一部に用いられるコーヒーパウダーの質感とが渾然一体となることによって生まれる紫色の色相など、触覚を刺激する独特の叙情性を醸し出す。作品制作に関して猪熊が最も重要視するのは「心に入り込むような作品、それもできるだけ心の奥の方にある層に届くような作品。見る人の記憶が作品と交錯するような表現」であるという。制作者の想いと観る者の心の深層がふかいところで交感して初めて作品として完成する猪熊芸術の神髄である。