本作品はコミュニケーションをテーマとしたもので、出会いをテーマとした本展の最後にふさわしいものである。
映像で6人の人物が映し出され、6つのスピーカーから同じ意味の言葉が別々の言語で発声される。そうすると、それを聞いた人は母国語しか聞こえないという不思議な現象を作品としたものである。
この現象がなぜ起こるのかを説明できるものが東京医科歯科大学の名誉教授であった角田忠信博士の著書「日本人の脳」(1978年)の中にあるように思われる。
人間の脳は右脳と左脳に分かれていて言葉や計算などの知的作業は言語脳といわれる左脳、これに対し非言語音を感覚的にとらえるのが右脳であると考えられ、意味のある言語音は左脳で音楽、機械音、雑音などは右脳で受け止められる。
本作品で一斉に発せられる言語の中から、自国語のみが聞こえるという現象は、自国の言語を左脳で、理解できない言語は雑音として右脳で聞いているという可能性が考えられ、それを証明するための実験が様々な形でおこなわれている。
作者は、全く別のテーマを追求する中で、こういった研究が成し遂げた一つの現象を証明する装置と考えられるものにたどり着いてしまったが、彼女の目的はこういった研究とは別の部分で、コミュニケーションの根源的なものを求めることでのヒューマニティの証明や、民族間の行き違いがなぜ起こるのかという人間的で温かいものを追求した結果であるように思われる。
しかしながら、最先端の優れた芸術は、いつの時代でも科学研究につながることは多くの事例で見られることであり、本作品は脳科学分野で取り上げられた一つの現象を観客に呈示する装置としても興味深いものとなっている。