ショップトピックス

「ぼくはこうして世界の四大アーティストになった」

img-shop160630-photo0301

「ぼくはこうして世界の四大アーティストになった」
嶋本昭三/著
毎日新聞社/出版

当館では2014年10月から2016年4月までの長期に渡り、嶋本だけでなく彼の所属した具体美術協会の作家たちの作品を幅広く展示してきました。ところがいざ嶋本の個展を開催するとなったとき、
“「瓶投げ」による、色とりどりの絵具が飛び散った豪快な作品を描く作家”というほどの
イメージしか持ち合わせていないのはいかがなものか…と思いまず手に取ったのが、この『ぼくはこうして世界の四大アーティストになった』でした。

この本は嶋本昭三自身がエッセイ形式で綴ったもので、ひとつひとつの章が短く、そして堅苦しくない口語の文体で書かれているので、嶋本の人となりを感じつつ、読み進めやすい一冊となっています。
もちろん、この一冊で嶋本の人間性・アーティストとしての姿すべてを知ることができる、とは言えないのでしょうが、私がこの本を読み終えて感じた嶋本昭三のイメージは、子どものように自由奔放で、柔軟で、そして何より…女性が大好き!ということ。

女性が好きだ、と堂々宣言する嶋本。そしてこの言葉は本書の至る所で見られますが、
言葉自体のインパクトが先行してしまい、一瞬眉をひそめてしまいそうにもなります。
しかし読み進めてゆくと、嶋本は女性を(良い意味で)完全に理解することも、到達することも不可能な、まったく別世界の存在として捉え、そして尊敬(あるいは崇拝)している気持ちが読み取れます。
まるで人類がはるか遠い宇宙の謎に惹かれるように、永遠に到達できない女性と言う存在に、どうしようもなく興味を惹かれ、それが作品となって表されているのだと感じられます。
そしてそんな嶋本が女性たちと“ともに”作り上げているのが、魚拓ならぬ「女拓」です。
女性たちは自らすすんで裸になり、その体に墨を塗られ、思い思いのポーズで紙の上に横たわります。「男性が女性を口説いて、何らかのモノを与えることを条件に」※1といったような、嶋本が言うところの「貸借関係」※2を超越して、ともに良い作品を作ろうという、アーティスト同士のコラボレーションのような光景が存在するのです。

展示室で実際の作品を目にしてみると、「女拓」の作品はどれも、女性たちの姿が生き生きと、のびやかに躍動しているのが感じられます。強制したり、裸にさせられたりしたのでは到底生まれないエネルギーが、作品から放出されているように改めて感じました。
これは嶋本が、女性と言う存在に純粋かつ真剣に向き合う姿があってこそなのです。

そして嶋本は「瓶投げ」、「女拓」と並んで、「メールアート」の作家としても知られます。
メールアートは作品に切手を貼って郵便で送り合うという、送る側・送られる側の交流までも含んだアートですが、「女拓」と同じくメールアートも、他者の存在なくしては成り立たないものです。
“孤高の”というのはアーティストの表現によく用いられますが、嶋本は逆に、彼のもとに集まってくる人々が作品制作の一つの糧となって、それが結果として素晴らしい作品としてこの世に生み出されます。相手が嶋本であったからこそ、そこにはたくさんの美女が(アシスタントとして)集まり、そして世界中からは毎日たくさんのメールアートが彼のもとに送られてくるのでしょう。
そんな嶋本の作品は、1998年、アメリカ・ロサンゼルス現代美術館(通称MOCA) を皮切りに世界を巡回した「Out of Actions(アウト・オブ・アクションズ)」展において、ジャクソン・ポロックやルーチョ・フォンタナ、ジョン・ケージの楽譜などと並んで展示され、まさしく“世界の四大アーティスト”として世界中に紹介されたのです。

アーティストとしての活動から、身の回りのこと、そしてやっぱり女性の話。
嶋本の自由でポジティブな持論・人生論に、何となくポジティブな気持ちにさせられます。
前衛アートやその作家自身を一から理解するのは少し難しそう…そんなとき、気軽に嶋本昭三を知るきっかけとして、ぜひおすすめの一冊です。

※1…本書82ページ2行目。『女性が裸になる』より
※2…本書83ページ6行目。『女性が裸になる』より

img-shop160630-photo0302