作品紹介 #3-2 展示室3 おもろい造形  Work (No.170711)

「具体美術協会」(具体)が解散した後、柔らかい麻布(Hemp cloth)による繊細な作風を生み出した前川 強はさらなる展開を試みます。

1980年代中頃からは麻布だけでなく綿布など他の布素材も組み合わせて作品をつくるようになりました。さらに、恩師である吉原治良(1905~1972年)の没後に自ら封じた絵の具も再び使い始めます。

ほかにも、前川が作り出したつまみ縫い(ピンタック)でつくる線(*1)が1990年頃からだんだん太くなっていきます。また、斜め方向にまっすぐに伸びていた線描は曲線を描くようになり、まるでドローイングのようにさまざまな表情を持ち始めます。これらの線はミシンで縫っているため、自在に操れるようになるにはたくさんの時間と試作を経てきたことが想像されます。

Work (No. 170711) は画面中央で二分割された台形のような形が色の違う麻布で象嵌(ぞうがん *2)されています。その上に、垂直方向に均等にひだを縫いつけていますが、左右の端では1mmほどだったひだが中央にかけてだんだん太くなり、中央部分で1.5cmほどの厚みになっています。最も太いひだにはポリエチレンの丸棒を芯に麻布を巻きつけて縫い込んでるため、画面中央がやや膨らんでせり出しています。#2(展示室2)の解説では麻布の絵画の多元性について紹介しましたが、ここではさらに画面上の時空の歪みさえも麻布によって物質化しているかのようです。

また、ここでは台形の輪郭を多めの油でといた油絵の具で縁取っています。下塗りをしていない麻布には油が染み込み、画面のところどころににじみ模様ができています。
ゆるやかな台形の形と呼応させながら、画面の上に黒や白色の油彩絵具を細く垂らし込んで柔らかな曲線もひいています。前川は布と絵の具を重なりあわせ、かつてドンゴロスを素材に行っていた(*3)、計算と偶然が融合する作品を麻布でも試みています。

前川作品において特徴的なのは、素材の布や絵の具の扱いだけではありません。
画面中央に描かれた様々な図形もまた、前川が作り出した独自の形態といえるでしょう。展示室3では前川が作った陶器と合わせてその造形の妙を紹介しています。


常々、前川は自身の作品について「文学的なもの、宗教的なものなどが入っていない」と語ってきました。つまり、前川にとって「形」とは何かを比喩的に表現したものではなく、あくまでも「純粋な抽象表現」なのです。
Work (No. 170715) は色の違う麻布を象嵌して半円形を描いています。白い半円の下部には尾の生えたようなベージュ色の半円があり、その輪郭には黒いアクリル絵の具でグラデーションを施しているため、その部分は影のようにみえ、ベージュ部分が凹んでいるようにみえます。
対して、陶器Work (No. 1912013) はマチのある半円型をタタラ(*4) で組み立てており、中は空洞になっていて、さらに壁面の中央をくり抜いています。くり抜かれた面の縁はヘラでまっすぐに切り取られた所と手でちぎった所があり、ここでも計算と偶然の対比がみられます。
これら2つの作品を並べてみると、前川が半円形の「手前」、「中」、そこをくぐり抜けた「奥」の空間を意識しているのがよくわかります。こうした空間把握は、布を素材に造形を試みてきた前川の制作過程で備わった身体感覚に基づいているのでしょう。
ここには理屈よりも先に、素材に触れた体の感覚によって形を見つけ出そうとする率直さがあります。

前川によると具体時代、作品の良し悪しは吉原の「おもろい」か「アカン」で決められたそうです。この判断基準は実はかなり大変です。なぜなら、それはどこまでも真正面からの真剣勝負だからです。前川の制作の特徴は、その「おもろい」という基準を、身体感覚をもとに追求し#2でも紹介したデザイナー的感性を通して純粋な抽象表現として物質化する、といえるのではないでしょうか。

前川は1980年頃に作り出した麻布による自身の表現に対して、それ以降も変化と工夫を加え続けその幅を広げてきました。「おもろい」を開拓し続けること、それは未知なる領域に踏み出すということ。つまり、前川にとって制作とは「自由を開拓すること」といえるのかもしれません。

*1 #2-2 展示室2 参照。
*2 一つの素材に異質の素材をはめ込む技法。金属や陶磁器などでよく用いられる。
*3 #1-2 展示室1 参照。
*4 粘土を薄くスライスしたり、のべ棒で押しつぶして板状にして組み立てる陶芸の技法。

【作品画像】(上から)
Work (No. 170711), 1990, 227.3×363.6cm, 麻布、縫い、油彩
Work (No. 170715), 1998, 181.0×227.0cm, 麻布、縫い、アクリル
Work (No. 1912013), 1997, 19.5×36.5×17.0cm, 陶器

⇒次回は#4 展示室4
かつて前川さんが自ら封じた「色彩」が鮮やかに蘇ります。

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⇒ List.

○企画展

前川強
ドンゴロスは生かされている。
色と形と物質による純粋抽象表現で発言する。

会期:2020年2月8日(土)〜6月28日(日)

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